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星になった彼 ガソリンスタンド

last update Last Updated: 2025-05-17 01:37:15

 君の手を握りたいのに、握れない。何故かって?もう君は『この世』にいない人だから。わんわん泣いていた昔のあたしはもういない。残ったのは痛みと苦しみだけ。もう涙は泣きすぎて枯れ果てた。どうしてなんて呟いて、あの約束の地に戻る事は……もうないの。それだけあたし自身が『大人』になった証拠なのかもしれないけど、寂しく感じるのは貴方のつける香水の残り香を忘れられないからかな。

 原付で二人で乗って、ハラハラしながら夜の街を走ったね。後ろに乗る事になれていないあたしは、怖くて怖くて、震えていた臆病者。

 「もっと抱きしめろよ。落ちても知らないよ」

 そう康介があたしに声をかける姿は少し頼もしくて、心強かった事を覚えている。基本男性の背中を抱きしめるなんて照れ屋なあたしに出来るはずないのだけど……怖くて、その言葉通りに彼の背中を抱きしめた。

 するとどうだろう。ドクンドクンと背中を伝い、あたしの胸に鼓動が重なっている。康介もドキドキしているのかな?とか思ったりするけど、そんな事口に出したら、どうせ怒るから、無言のまま走り続ける。

 この幸せが……ずっと…続くといいのに。

 ねぇ、あたしの願い貴方には伝わっていたかな?照れ屋なのはあたしだけじゃなくて康介も同じだと今なら思うの。好きだよ、なんて言葉は言ってくれない。その代わりに時々抱きしめて『安心』させてくれる不器用な人だった。

 「春……お前怖いんだろ?臆病だな」

 クスクスと運転しながら笑う枯れの声色は『微笑み』に近い。そうやって素敵な時間は過去へと流れ、一人ぼっちになったあたしがいる。

 「ただいま」

 ……

 何も返答がない。おかえり春、お疲れ。の一言がなくて、何度も泣いたっけ。

 もう何年が経ったのかなぁ。こうやって康介の事をもっと過去の思い出にして、別の人を愛するのかな。

 「おかえりって言ってよ……こうすけぇえええ」

 暗闇の中で泣き崩れるあたしの傍に彼はもういない。

 その代わりに、夜に輝く一つの星になった……

5

 初めての職種だった『ガソリンスタンド』の店員。それもフルサービス。どんな事でも挑戦する私は、次の職種として選んだんだ。彼氏と毎日喧嘩して、もう無理かなって泣いてた。色々な事情で仕事をしない彼。出来るのにしない彼。私は二人の生活を守る為に無理の連続だった。もう限界かもしれない。前科持ちの彼を守るなんて私には最初から不可能だったのかもしれない。

 「お願い約束して……あの世界には戻れないで」

 「……分かってる」

 そう冷たくあしらう彼氏の態度に何度傷つき、泣いただろうか。それでも別れられない。別れるなら消えるなんて言ったり、追いかけ続けるなんて呟くから、言葉で雁字搦め(がんじがらめ)にされた私は彼の所有物であり、羽を捥がれた鳥。自分で選んだ人だから、自分が悪いけど、後悔はしていなかった。

 そう、あの時までは──

 「仕事だろ、早く行けよ」

 「うん……」

 言葉の迷路に迷った私はガソリンスタンドへと出勤した。そこに彼はいたの。最初は興味なんてなかった。全然。相手にもしてなかったし、上司だし、ビジネスが絡むから恋なんてする訳ないと思っていたの。毎日毎日洗車と給油の繰り返し。その内他の店舗の女性たちで集まり『ミィーティング』に参加するまでもなった。

 慣れてきた頃に他の店舗のお局に言われたの。あの人貴女に興味があるってさ、可愛いて言ってたよ?付き合えばなんて。彼氏は彼氏で他の女を作るし、もう限界だった。

 好きだなんて伝えない。だって自分の気持ちが不透明だったから、口を噤んだ。その時だった。彼氏から浮気相手が妊娠したと聞いて、心が壊れそうだった。プロポーズを断った私が悪いけど、それは彼氏との先が不安だったからなのに、誤解して好き勝手にするような彼氏。もうそこまでいくと付き合っているなんて言えなかったけど、それでも許してた。だけど妊娠は別だから、身を引いたの。内縁の妻の私は。彼と別れた。

 「別れました」

 「大丈夫か?」

 「……はい」

 店長副店長がする仕事までしていたから、職場には二人しかいなかった。目と目が触れた瞬間、あの人が微笑んで頭を撫でてくれたの。私が立ち直るまで、見守ってくれてた人。

 今ではいい思い出。

 自転車で走ってたら、貴方を見かけたよ。すっかり痩せて、大変そうだった。

 でも声はかけない、過去の事だから。

 彼の優しさと私の優しさがすれ違いながら、時を刻んでいく。

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